インヤンガイのとある高層ビルの屋上から神は地上を見下ろしていた。「ククク、美龍会がやられたか。まあやつはマフィアの中でも最弱……インヤンガイの地域管理組合の面汚しよ! あと鳳凰連合とヴェルシーナと黒耀重工と暁闇……この辺も滅びたから最弱だな。おっと全部やられているじゃあないか! これはびっくりうさぎさん。付け入るなら今というわけだな! いいだろう! 神も仏も救わない世界で人が神を求めるならば、それに応えるのが神だろう!」 ばさっと両手を広げて昏い夜を見つめて恍惚と語る。「滅びの街区の迷える子羊よ! 導かれし安寧の地へ。それは秩序への回帰。強大なブレイクスルーを起こし新たな段階へ上るか、普遍の日常へ戻るか、それは神のみぞ知る衆愚の胸の内! そしてどちらの道を選ぼうとも新たに生まれ人は人として再び生き始めるだろう。さあ、インヤンガイの夜明けの幕を上げ」 爆発音――、高速の弾――、額を直撃。 両手を広げた飛び立つ鳥のような姿で後ろにがくっと倒れる神。「いゃあ、さすがにあれは私もやられたぁ! 全知全能、すべてを司る私だからこそ生きているんだよ諸君、聞いているかい? ははは、まったく崇高な言語を理解出来ない者というのは」「……あれ、放置していいんですか?」「仕方ないだろう」「拷問しちゃいましょうか?」「……やっちまう?」 広い赤絨毯の敷かれた、一見高級な雰囲気のある部屋で高等な神と下賤な人間たちの睨みあいが勃発していた。「やぁやぁ、きみたち! なにを楽しそうな会話をしているんだい! そろそろ、この拘束を解いてくれないか? 椅子にぐるぐるまきとは芸のない! 私は神だよ、君たち、こんなものちょっとその気になればいつでも引きちぎる、いや姿を消してしまうこともできるんだよ! それでもこうして捕まっているのは君たちの目的が知りたくてだね」「歯を全部引き抜いて舌をあぶって、頭にアイスピックを……ドリル用意しようか」「もう一発頭に麻酔打っとくか?」「まったく、そろそろ神君もぷんすこして」「君か、人のビルの屋上で延々と御大層な演説を披露していたというのは」 ドアが開いて入ってきた男性は室内の異様にぴりぴりした雰囲気に片眉を持ち上げながら、縄でぐるぐるまきの上にガムテープで椅子で固定された神の前にあるソファに腰を下ろした。「おお、おお! ようやく真打の登場か! まったくこの神君を待たせるとはいい度胸だ! しかし、私は寛大なので許してあげよう。それで君は」 がくがくゆさゆさと神は大きく揺れて感動を表現してみせる。リップサービスも神技だ。 男は微笑みながら懐から葉巻を取り出して口にくわえた。「ハワード・アデル。ヴェルシーナという貧弱な組織のボスをしている」「うむうむ。そうか、そうかって、え、生きてた! 死んだとばかり思っていたが幽霊というオチでは」「あいにく、私はこの通り、生きている」「そうか。うむ。まったく黒い毛をした司書め、私に嘘ばかりおしえよって、あとで天罰を……まぁいい! 単刀直入に言おうじゃないか! 私はこの世界に救済の手を伸ばした神君だ! モニ君と呼んでくれてかまわない! ふふふ! 私はぜひとも今回の件で封鎖された街の支援をしたいと考えている。孤児たちを集め、難民救済、暴徒撃退を」「残念だが、それは不可能だろう」「神に不可能なんてないぞ! なに、不可能だと!」「封鎖された街がもし私の死んだ知人たちの街を対象としているならば、あそこは大量の暴走した暴霊を封じるため結界を張っている。生き残った者はほとんどいないので難民はおろか孤児もいない」「な、なんだと、またしても黒い猫の司書め、私に嘘の情報を……! いや、しかし、神は最後まで神としての振る舞いを要求する! この右目が、右目が疼くんだ! 救えと疼くんだぁああ!」「説明を聞くのに君の右側がうるさいといならば、私が今すぐここで一切困らないようにしてあげよう。永久的に」「さぁ、話たまえ。神は先ほどからずっと黙って説明を待っているじゃないか!」「封鎖するというのはそれだけの理由や原因が存在する。君がどうしても封鎖された街を復興したいというならばその問題をまずは片づけることだ。そして一度捨てた街にはよほどの理由がなければ戻ってはこないだろう。われわれは不要なものは捨てて生き延びてきた」 今回の場合、鳳凰連合と美龍会の各街は隣接していたため、大量の暴霊の出現によって一夜にして住民のほとんどが食い殺されたのに術者による完全封鎖の処置がとられた。 それは暴霊の数の多さと二つの街をまたがっての広範囲であること、さらに一度封印されたあと解き放たれた霊はさらなる力を――これは、その街の封鎖にかかわったロストナンバーならば知っているが、ただの霊から鬼にまで化して大変危険な状態なのだ。 インヤンガイが街ごとに独立性が高いのは、その街を封鎖することで災いを他に広がることを防ぐこと、住民はそこを捨てることで生き延びる事が出来るという二つの利点が存在するからだ。「ただ現に我々の存在がなくなったことで被害を受けているところは多多存在する。君たちは我々のことをまるで危険なようにいうが、経済をまわし、他街との関係を作っていたのは紛れもなく我々だ。君が神だというならば、どうするのか、ぜひお手並みを拝見しよう。おいで」 ドアが開いてそこから現れたのは三つ編みの娘だった。青い着物姿の少女はおどおどとした態度で部屋にはいるとハワードの横に駆け寄った。「君たち旅人が見つけた、美龍会の所有する街の唯一の生き残りだ。名は蝶。この子を君に任せよう。この子は住むところをなくし、声を無くした。このままではのたれ死ぬしかない」「なんと! 君はなにもしないのか!」「私は慈善事業に興味はない。だが君はあるのだろう? 街を救うなら、ついでに一人の娘くらい救えるだろう?」 黒服、頭には丁寧に被り物までした――黒子のような者がすたすたと歩いてきた。「結界師だ。街の歴史を記録し、結界を維持する術者だ。いま、二つの街を結界で守っているのは生きた結界師が一人、あのなかで要石となっている。これはそれと連絡がとれる」「まるで古臭い生贄のようなことをしているのだな」あそこまで大規模になれば人間を要にせねば封じるのは難しいのさ」「おい、黒いの、貴様はそれでいいのか? 結界のなかにお前の知り合いがいるのだろう?」 黒子は微動だにしない。「無駄だ。結界師は大量の情報を記録し、結界を維持する重要性からいくつかの改造が施されている。思考回路は存在するが、人のように喜怒哀楽は存在しない。必要ならば、これも連れていくといい。生きた記録であり、他の結界師との霊力ネットワークで通じているので伝達かがりになる。もしどうしてもあの封鎖された街に入りたいというならば、これが結界を開けてくれるだろう。 さて、本題にはいろう」「なんだね! 神に答えられないことはないぞ」「君の行動の目的は?」「そんなものは」「悪いが言い訳も、神の言葉なんぞも不要だ。君たち旅人は平気で世界にやってきて、暴れまわり、今度は救うとのたまう。君たちの個々で違う目的で動いているといっても、振り回される我々はどうする? 街が封鎖され、人は死に、この娘は絶望して声をなくして死を待つばかりだ。それを気まぐれに助けてた挙句に飽きたら捨てるか? エゴを貫くというならば、ここはインヤンガイだ。貫き通してもらう。さ、君はどういう方法でも答えを出したまえ。それを聞いたらこれを返そう」「私のパスホルダー!! い、いつの間に、神のみちゃいやんな胸をまさぐるとはなんという! 悪行を」「期限は一日。奇跡を楽しみにしている」「ぐ、ぐぬぬぬっ……ふ、ふはははは! 面白い、面白いぞ! この神に挑むとはいい度胸だ!」 神は蝶を見て笑った。「よし子供、貴様を救ってやろう! ついでに黒子、お前も見て、記録するがいい私の奇跡を!」「古い神話で神を殺した狼がいたそうだが、奇遇にも私はまだらの狼と呼ばれている。なんでも食い殺すと有名なんだよ」=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>神(ctsp6598)=========
静寂が包む室内に、ふ、ふふふふふ……妖しく、低い笑い声が響き渡る。 カッ! 神の目がダイヤモンドのように輝いてぎらぁ! 肉食獣のようにハワードを捕える。 「神が人の言う事など聞くかぁぁぁ!」 あなたの心の大黒柱を自称する神はぶちぶちんぶちいいんと豪快に紐とガムテープを引きちぎると椅子の背もたれに片足をつき、腰に手をあてて高笑いスタイルをとった。その姿は美女、美男と変化に忙しい。神は常に変化しつつ革命を起こすものなのだよ、諸君! 「そも今回は依頼ではない! 何より地区を捨てた輩に口出しする権利などなぁぁい! 貴様こそあそこを世界から切り離したのなら黙っているんだなぁ!」 傲慢にして不遜な言葉とともに神はハワードをびしっ! と指差して見下した。 ハワードがじっと見つめるのに神は胸を反らして睨み返す。 「もし、ここで貴様が軽率な選択をするというならばいいだろう、私も敬意と義務をもって貴様を最後の滅んだ組織にしてやろう!」 「勘違いされては困る。私がしているのは提案だ。君がしたいという、ね」 ばちぃ。狼と絶対神の間で火花が散る。 神はふんと鼻を鳴らし、愉快な劇を見たように豪快に笑い出した。 「ふ、はははは! いいだろう! なら私からも提案してやろう! 私を相手にせず変わる様を見ているがいい。そのほうがずっと有益ではないかな?」 ハワードは肩を竦めたのに神はとぉ! とかっこいい声をあげて床に着地した。 「好きにさせてもらうぞ。さぁ、子ども、ついてこい! ついでに結界師、貴様もだ!」 蝶は迷うように視線をハワードに向けた。 ハワードは瞳に理解と何かを託すような視線にまるで背を叩かれたように蝶は駆け出した。 「まずは、現場を整えなくてはいけないな! なぁに、この神君は、何度も世界を滅ぼし、生み出した身! 小さな街の一つや二つ! ちょっと加減を間違えてしまいそうだが、それはトラベルギアが私を抑えていい具合に」 神はしゃべりだすと止まらない。蝶と結界師は黙っていて非常に微妙な雰囲気だが、そんな些細なことを気にしては神が神として世界に君臨することは出来ないのだ。 廊下を歩いて、角を曲がったら行き止まり 「……! こ、この会社め、私を出さないつもりか」 いや、ただの迷子です。 「うーむ。仕方あるまい! ちまちましたのは私に合わんのだ! 子ども、私に掴まれ。結界師は足だ! 行くぞ!」 神は蝶をひょいと抱っこし、軽く浮いて結界師に足にしがみつように指示していきなり目の前にある硝子窓に突撃した。 あたる――その瞬間、ぬるっと硝子を抜けて夜の世界に飛び出した。 強風に髪が散るなか、蝶の目はじっと街を見る。光に溢れた、雑踏な、――その先を求めて。 どこまでも続きそうな街は突如と深い闇に包まれていた。それが街の区切り、もうなくなってしまった街の姿なのは一目瞭然。蝶はじっと暗闇をビー玉のように澄んだ瞳で見続けた。 「いくぞ!」 耳に、明るい声がする。まるでお祭りみたいだと蝶は思う。 神は結界の前でスピードを落とした。 「おっと、いかん、いかん! このままでは結界に正面衝突するところだったぞ! 一度降りるか!」 地上に足をつけ、二人を降ろした神はこき、こきと首を軽く鳴らす。 「さぁ、結界師、入るぞ」 結界師は静かに頷き、閉ざされた門に手をかざした。ギィ、不愉快な音とともに道が開かれる。 「この巨大な結界、本当に人が作ったものか? 細かなところは多少、荒が目立つが……おい、結界師、中心はわかるか?」 結界師は頷き、歩き出すのに神は蝶をちらりと見る。蝶は門前で固まってしまった。 「なにを恐れている? はやくこい!」 神は偉大で傲慢、人の心なんぞ少しも理解しない。 どんどん進んでしまう神に蝶は置いていかれないように、小さな身体のありったけの勇気を振り絞って必死にあとを追いかけた。 結界の中心に赴いた神はハワードが告げたことの意味を理解もした。この世界にやはり神はないのだと皮肉な達観が頭を過る。 結界の維持に人間がいるとして、少し考えればわかることだ。生き物が何もないところで生き続けることは不可能なのだ。 二つの街の中心に一本の木が聳え立ち、全体からほのかに明るい光を放っている。ごつごつとした幹の中心に人の顔らしきものが伺えた。 結界師は樹をじっと見つめる。 「これがお前の友か」 「……ええ」 「結界の要石と言ったが、これで結界を半永久的に維持するのか」 「必要とあればそうする術を私たちは身につけております」 神はうむっと腕組みをして樹と結界師を交互に見つめて、にっと笑った。 「結界師、貴様は友の傍で過ごせ」 それが神の優しさなのか、ただの気まぐれなのか。それは神にしかわからないことだ。 「よし、子どもよ、おまえも危険だからちょっとあっちに行ってろ」 蝶は素直に結界師の横に腰かけた。 子ども、子どもと神は口にする。蝶は否定しないが肯定もしない。けれど名前はある。神はそんな小さなことは気にもしない。 神は軽い足取りで周囲を見ていく。 「なかなかいい物件ではないか。ちょっと周りが荒れているのは私の神パワーの前ではとるにたりな……ここら周辺には霊がいないのか?」 神が神であるため万能で全知全能なのだ。つまりはなんだってわかってしまうのである。 この土地についてもきゅぴーんと第六感で察したのである。 結界の要石であるあの樹の傍に霊は寄れないのだ。なんと神のために万全の用意をしましたよ、という物件ではないか! さすが神。運も直感も神話級。 神はにやりと笑った。 「今こそ、たまにしかやらないリアル奇蹟を実行するとき!」 基本的に手技がざらであるが、神だって本当に奇蹟ぐらい起こすのだ。 いきなりずどーん! 何か重いものが落ちてきたような音に蝶が首を動かして見ると樹の横に平屋が出来ていた。その屋根の上でポーズを決めている神に蝶ははてと小首を傾げる。神の特殊能力は視力2.0。そのなんでも見通す瞳がなにを見ているかなど蝶にわかるはずもない。神がひらっと右手をあげたとき、またずどん! 音がして蝶は不思議そうに立ち上がって、絶句した。 街が消え、更地になっているのだ。 そこに井戸や畑を作って自活の準備が整える神は満足げに頷く。 蝶は唖然と膝をついた。 蝶は、この街で生まれて育った。思い出も、気持ちも、すべてここに置いてきた。生きるために救い出されたから。 思い出は更地となって消えてしまったのに蝶は声なき悲鳴をあげた。 神が次に行ったのは細く、美しい白鳥の羽のような腕を力いっぱい地面に叩き付けることであった。普通、叩き付けたら痛いだけだろうが神は滑らないのだ まるでゴムのように腕が伸びる、伸びる、伸びる……それも地面を通過し、なにかに触れた。 地上を包む霊力の大本といえる龍脈に突き当たったのだ。 「おりゃあ!」 むきゅう。(龍脈の流れを変えた音) そんな、あぁた、あっさり、ぽっきり、かっくりと龍脈って移動するものなんですか! ――神だからできるんだ! 「意識革命その二、いくぞぉ! く、チェーンソーをもってくればよかったか。あのときみたいに真っ二つになっておけば仕事も分担してラクだというのにな!」 いや、しかし、神がぷくぷくと増えていったらそれはそれでことではないのか。――増えたら増えたで互いに言い合いして、大変なことになるに決まっている。 そんなわけで意識革命と称して龍脈をいじって二つの街を包む霊力を弱めると、神は見た目だけはか弱く儚げな妖精のような小娘の姿で街のなかを歩いて寄ってくる霊を千切っては投げ千切っては投げ 「生者を羨んで攻撃とは発想の貧困な奴らだ調教してやろう!」 その姿、まるで超サド女王さまのごとく――。 霊たちを神世の時代に作ったとされる我が一部であり半身のトラベルギアを――鞭に変えて文字通り調教を施していくのは傍から見るとあやしい大人の夜というかんじであるである。 調教した霊たちは二グループに分けた。一つはまだ街に残っているだろう缶詰などの保存食を確保するグループ、もう一つは未調教の霊と戦う戦士霊のグループである。こうして霊同士をぶつけあえば人を襲わず、更に活動範囲を広めることにもつながる。 「保存食を探し、作るのも生きる力だ」 神はニヤリと笑う。視力2.0を発揮するとき! 「意識革命その三、いくぞお!」 神はどこからと取り出した真っ白い袋を背負うと結界を抜け、あっちこっちの街に降り立つと 「利用されてる子どもはいねーかー、いねーかー、俺の目から逃れられると思うなぁ!」 どこのナマハゲだ。あんた。 そんなつっこみも神的スルーで受け流し、神は見えすぎる視力からぴょーんぴょーんと子どもたちの元に降りたつ。不審者顔負けのその姿に誰もが絶句するなか 「さぁ、豚か人かどっちらかを選ばせてやろう!」 「それ選ばせてない」 「なにを言っている! 豚だって人だってアメンボだってみんなみんな生きている!」 「この変な人なに」 「知らない」 「てか、なんで豚と人で天秤にかけてんだ」 「明日も仕事があるんだし、はやく寝よう。きっと疲れてるんだ。僕たち」 「こらああああ! 己の心のままに自由に! 自分のために生きたいか! 生きるのならばさぁ、私とこい! 私がお前たちに自由を与えてやろう」 「えーと、変態さん」 「神君でいいぞ」 「自由ってなに」 子どもはとても不思議そうな顔をしたのに神は微笑んだ。 「それは今からお前たちが知ることだ!」 その夜、いくつかの街で子ども――違法労働させられていたのが消えた。 「さて、最後の仕上げだ」 子どもたちを平屋に寝かせて、神は屋根の上に立つ。 「これぞ本当のインヤンガイ破壊爆弾だ。既存の秩序を破壊し新しい世界を!」 神の手から溢れた光が音をたてて空に舞い、街を照らしては消えていく。瞬く儚い光をどれだけの人々が見ることができただろうか。 すべてを浄化し、鎮魂させる烟火を。 弾けて、散り、舞い、消えていく。儚い、泡沫、ああ、まるで命のよう。 神はふと視線を感じて地上で自分を見ている蝶に問いかけた。 「娘! 生きたいか? ならばやり方を教えよう。後は貴様の生きたいという意志だけだ。生きたくとも生きられなかった霊共もいる。想いは同じだ。協力するがいい」 蝶は思い出が消えた怒りと絶望をこめて神を睨みつける。けれどそれでもこの美しい光は反則だ。神はすべてやると決めたことをやってしまった。自分のことを助けてくれた男がいた。彼は生きろと口にした。何もない。そう、何もなくなってしまった。そこに神は身勝手になにかを生み出そうとしている。 差し出された手を蝶は見つめて問いかけるように小首を傾げた。 もし、いつか、本当にいつか、生きていたら自分を助けてくれた人に再び会えるかもしれない。そのとき彼のしたことを、神のしたことを、正しいか、正しくなかったのか自分は言葉に、声に、できるだろうか? 腹立しいのに美しい光は、ここに来る前に抱いていた絶望を塗り替えた。 もしかしたら神の目は、神ゆえに人には見えない美しいものを宿すのかもしれない、この花火のように。 ゆえにときどき自分の視てしまう美しすぎる世界を愛しながら嫌悪し、世界を塗り替えようとするのかもしれない。こんなふうに。 蝶は神のことはわからない。けれど、美しい光が空で破裂するのを見て決めた。 そうだ、まだ、生きてもいい。 死ぬのはいつでもできるから。 生きよう。今は。まだ。 空が白みはじめた時刻、神はハワードの社長室に訪れた。 「期限は一日といった君に合わせるのも一興だ。で、君はいつ今日が経過してしまったと錯覚していた? 今日という日は何度でも訪れる」 念じて戻ったパスをふる。 死のち、生生生生――。 流転こそ世界であり、神。そして生命。 たとえ終わろうとも、また今日はくる。何度でも。 神は勝ち誇った笑みを浮かべて歩き出した。まだまだ今日は終わらない。
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